17第1章 財団設立の経緯上谷はさっそく上京して、文部省の大臣官房総務課を訪ねてみた。 実際に面会した北野事務官は、思っていた以上にフレンドリーで信頼感にあふれた、円満な人柄の人物であった。そこで上谷は、思いきって相手の懐に飛び込んでいくことにした。「実は社の方からは、来年の1月までに設立せよと厳命されているのですが、それまでに財団設立は完了しますでしょうか」と、直截にたずねてみたのである。 この言葉には、さすがの北野も面食らったようであった。財団を設立するには、下の部署から順番に承認をもらい、最後は文部大臣の押印をもらう必要がある。スムーズに事が進んでも、通常なら半年くらいはすぐに時間が経ってしまう。それを、今から半年足らずで設立しようというのである。 北野は腕組みをしたまま思案顔になった。上谷もここに至ってようやく、自分たちが無茶なことを考えていたことがわかりはじめた。 しばらくすると北野はうなずいて、「この財団は日本にとっても有意義な団体ですので、できるだけ早く設立できるように、私の力の及ぶ範囲でご協力しましょう」と答えてくれたのである。「ついては、スピード設立がかなうよう、いくつかの作戦を授けます」と北野は続けた。「早く認可を得るための最良の方法は、とにかく文部省の例規通りに進めることです。例規と異なるところがあれば、その都度説明を求められ、それだけ余分な時間がかかることになります」 これには上谷も得心した。役所の設定しているルートから逸脱することなく進む事が、結局は最速になるのである。「もうひとつ重要なことがあります」と北野は続けた。「ご存知のように、年末には国会が控えています。国会が始まってしまうと、省内幹部の多くは答弁のために国会詰めになるので、文部省内の手続きこの足で教育委員会に行きましょう」と言ってくれたのだ。 上谷にすれば、願ったりかなったりのことであった。さっきまで途方に暮れていたのが嘘のようだ。熱い日盛りの中、汗を拭きながら府庁まで同道してくれる竹田弁護士に対して、ただただ心の中で感謝するばかりであった。 府庁舎の一角にある教育委員会を訪れると、担当官がすぐに応対をしてくれた。竹田弁護士が簡潔に用件を伝えると、担当官は「その財団法人の活動エリアは、大阪府だけなのかどうか」とたずねてきた。小山田の構想では、日本全国の大学に対して、研究助成金や奨学金を出すつもりなので、上谷は「日本全国になると思う」と答えた。すると担当官はこう説明した。「他府県にまたがるような事業を目的とする財団の場合は、文部省の管轄になりますので、直接文部省と折衝してもらう必要があります」 文部省になると、東京まで行って折衝をしなければならない。今のように交通事情が良くない時代のことだけに、上谷は一瞬憂鬱な気分になった。担当官は「申請書を担当の石田主事に届けていただければ、すぐにでも申請手続きをしますよ」と親切に説明を続けてくれたので、その場で申請書をもらい府庁をあとにした。わざわざ同行してくれた竹田弁護士に丁重にお礼を述べ、上谷はこの成り行きを小山田に報告するため会社へと戻った。■北野事務官との出会い 翌日、上谷が申請書を手に石田主事を訪ねると、その場で申請書に不備がないかをチェックしてくれ本省への申請を約束してくれた。その上で石田主事は、本省における担当者として、文部省大臣官房総務課法人係長北野昂一事務官を紹介してくれた。「話のわかる親切な人なので、きっとてきぱき進めてくれると思いますよ」というのである。
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